お客様のためになることをし、
喜んでいただくことが私たちの幸せ
アキツ工業株式会社(大阪府)
代表取締役社長清水 浩明 氏
大阪梅田から二駅の野田駅は、ショッピングセンターやマンション、古い商店街や住宅の新旧が混在する街。駅から淀川方面へ歩くと、アキツ工業株式会社がある。1974年(昭和49年)大阪市福島区福島で創業。1990年に本社社屋を現在の大阪市福島区海老江に移転した。公団の小規模修繕工事から始まり、戸建住宅の設計・施工、集合住宅の大規模修繕・改修、施設など非住宅の設計・施工と、時代と共に事業を拡大している。現在はアキツ工業、株式会社アスカ、株式会社ニッシンクリ エートの3社からなる、住宅総合産業を目指す「アキツグループ」で業務を運営。戸建や非住宅は木造を得意とし、「やさしい木の家プラン」などを提案している。 現在の社長は、経理畑から2年前に就任し た6代目の清水浩明氏。アキツ工業の創業や歴史、バブル崩壊後の苦労、時代で変化する事業や今後の目標、木造住宅へのこだわりなどをお伺いした。
時代と共に変化し続ける50年の道のり
来年の11月で50周年を迎えるアキツ工業の創業の切っ掛けは、とある中堅ゼネコン会社が業績不振で吸収合併された時、3人が退職して会社を立ち上げたのが始まりである。当時は団塊ジュニアの時代で、既存の公団の一間増築が盛んだった。この小規模修繕・改修工事の請け負いを目論んで、アキツ工業はスタートしたと清水社長は語る。「ちょうど第二次ベビーブームだったのですが、なかなか受注が取れず資金繰りも上手くいかず、目論見ははずれてわずか2、3年で倒産の危機に追いやられました。そこで創業者である3人が助けを求めたのは、前の会社で営業の神様といわれていた岸田氏という人物です。岸田氏は当時既に独立し、トーヨー産業株式会社を経営していました。そして、1976年に救済という形でアキツ工業とトーヨー産業は合併。トーヨー産業は元々電気工事を中心とする仕事をしていましたが、合併を機に戸建住宅の事業に進出し、合併後は公団の小規模修繕・改修工事と戸建住宅の事業でスタートしました。さらに岸田氏がどんどん大手に営業をかけたので、戸建住宅の受注が拡大。集合住宅も小規模修繕・改修から大規模工事を請けるようになりました。アキツ工業の創業は1974年ですが、1976年の合併が今の会社の基礎になったと私は思います」。その後、さらに公団の受注を増やすために分社化し、1979年に株式会社アスカ、1982年に株式会社ニッシンクリエートを立ち上げグループ化へ。このグループは、戸建木造住宅の建築と集合住宅の修繕・改修工事を2本柱とし、3社で地域を分け、その地域に住む方とのふれあいを大切にして直に接する仕事を行っている。現在、アキツ工業の事業比率は戸建木造住宅の建築が45%、集合住宅の修繕・改修工事が45%、その他10%である。
合併後の社名は、公団と取引のあったアキツ工業の名前を残した。アキツ工業の社名の由来は、日本最古の歴史書『古事記』から取ったもの。日本国の美称で「大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま)」という言葉があり、ここからアキツと名付けた。また、「秋津(あきつ)」は虫のトンボの古名で、やはり古事記にも登場し、この意味も含んでいるという。「トンボは実りの多い土地にしか生息しないといわれています。ですから、私たちが仕事をさせていただいた土地は、必ず実りの多い土地になるようにという願いも込められています」と、社名に纏わる素敵な話をお聞きした。
基本理念は、社員と顧客、取引業者のための会社であること。「お客様のためになることをし、喜んでいただくことが自分たちの幸せだと私は考えています。喜んでいただいた先のお客様の行動はわからないですが、きっと悪い方向には行かないと思います。それが社会貢献にもなると私は思います」。
「永く使うものだから、安心な住宅を」がコンセプト。木のやさしさを感じる内観。
伝統にモダンなデザインを取り入れ、天然素材に包まれる落ち着きのある和室。
様々な経験を活かし会社を立て直す
清水社長の経歴はとても独特で、卒業後の就職先は地方銀行だったという。「学生時代から何になりたいかなど考えていなく、就職先は世間的に良い職業とされている銀行に入社し、3年間営業でした。その頃、交通事故に遭い、その相手が勤め先のお客様でした。ほとんど相手の過失でしたが、会社からは折れろといわれ、自分としてはその対応に納得がいかなかったので退職しました。その後、知り合いの会計事務所に就職先を紹介してもらおうと行きました。ちょうど確定申告の時期で事務所が忙しく、手伝いを頼まれてそのまま8年間その会社にいました(笑)。その会社でアキツ工業の2代目社長の奥さんと同僚になり、一つの会社でじっくり仕事をするのが向いているといわれ、一年間迷った末1994年にアキツ工業の管理部に入社しました」。アキツ工業に入社した初日に、財務内容の書類を見て後悔したと清水社長は当時を振り返る。「とんでもない会社に入ってしまったと思うくらい、財務内容が滅茶苦茶でした。ちょうどバブルが崩壊した頃で、その後3年くらいで銀行の貸し渋り貸し剝がしがあり、財務内容を元に戻すというよりもなんとか繋いでいくという毎日で、入社から15~20年はとても苦しみました。社長や取締役と何度も喧嘩をし、なんとか乗り切り、今では前向きに仕事ができるまでになりました」。
プライベートではゴルフが好きで、月2~3回はプレーするという。「ゴルフは気持ちがいいですね。夢は一生に一度ホールインワンをすることです。もちろんホールインワン保険にも入っていますが、全然使えないです」と、笑いながら楽しそうに話す。
長年培ってきた技術と経験を用いる、集合住宅の修繕・改修工事。
一戸一戸表情豊かなデザインで、上質な街並みを創造する分譲住宅。
家づくりは敷地をよく観察することから
いままでに手掛けた戸建住宅は、注文・分譲合わせて約4,000戸になる。戸建住宅は木造軸組工法とツーバイフォー工法の設計・施工から入居後のメンテナンスまで、トータルで暮らしをフォローする。特にこだわっているのは、敷地をよく観察することから始めること。敷地の近隣状況、季節ごとの日照時間、日当たり具合、風の通り道など、その土地の持つ条件を検討。敷地と建物と太陽の位置を考慮することは家づくりにとって非常に重要であり、太陽の軌道を考慮した上で冬の暖かい陽射しは住まいの奥まで取り込み、夏の強い陽射しはうまく避けて心地よい日かげを生み出すように、建物の配置を考えているという。「25年前に自分の家をアキツ工業で建てました。その時に敷地の状況の説明がくどいくらいあり、面倒くさいと思いましたが、住んでみて説明されたことの大切さを実感しました。特に風の通り道などはよくわかります」。
敷地をよく観察し、土地の持つ条件を検討して建てられる快適な住宅。
採光を十分に取り入れ、木の美しさを最大に生かした玄関ホール。
社員数約50名のプロフェッショナル集団。
ピカイチ社員
住宅部 主任中村 真二 氏
業務の内容と、入社からの経緯は?
住宅部で戸建住宅の予算・安全・工程・品質管理や資材発注が基本的な仕事です。主に分譲住宅で、年間30~40戸を担当しています。入社の経緯は、卒業後にゼネコンの下請け会社で働いていましたが、倒産してしまいアキツ工業へ。11年働き、40歳手前で新しい経験をしたかったので退社し転職。転職先での仕事に悩んでいる時期にアキツ工業のOBの集まりがあり、社長から戻ってくればと言われ、退社から1年半後に再入社して5年経ちます。合計16年在社です。
お仕事で心掛けていることは?
仕事は現場のまとめ役なので、コミュニケーションを大事にし、いつも先のことを考えて現場の皆が気持ち良く仕事ができるように心がけています。自分の考えがいつも正解とは限らないので、経験豊富な人の話を聞き、最も良い方法を選んでいます。具体的業務では、図面を見て実際作っていくと悩むこともあるので、いままでの経験と自分の考えで一番良い方法を採ることを大切にしています。
うれしかったことや成功事例は?
分譲住宅は着工から完成まで4、5カ月かかります。10~15戸が終わった時は達成感があります。完成するとお客様との内覧会がありますが、その時に喜んでいただくとうれしいですね。2年前に、自分の家を自分で建てさせてもらいました。その経験から、実際生活してみてわかるアドバイスをお客様にもできるようになりました。
将来の夢は?
難しいと思いますが、一級建築士の資格を取ることです。一級施工管理士の資格は取得しているので、建築から施工管理まで自分でできるようになりたいと考えています。資格を取得するには学校に通うことになると思いますが、会社からの補助として助成金貸付制度や取得するとお祝い金や給料アップもあるので、とても助かります。プライベートでは、最近働き方改革で連休が取れるようになり、妻と国内旅行を楽しんでいます。夢は、そのうちヨーロッパなどにも行きたいですね。
アキツ工業株式会社のこだわりPOINT
住宅総合産業を目指し
戸建木造住宅の建設と集合住宅の修繕・改修の
2本柱で快適な住環境をつくる
社長のひとこと
10年、20年先の会社存続のために、
人と人の繋がりが未来をつくる
会社情報
会社概要
社名 | アキツ工業株式会社 |
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代表取締役 | 清水 浩明 |
所在地 | 〒553-0001 大阪市福島区海老江1丁目9番23号 |
電話 | (06)6454-0221(代表) |
会社沿革
1974年 | 大阪市福島区福島で創業(資本金 1,000万円) |
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1975年 | 建設業許可登録(大阪府知事許可) |
1976年 | トーヨー産業㈱を吸収合併(資本金 1,500万円) |
1976年 | 一級建築士事務所登録 |
1976年 | 宅地建物取引業登録 (大阪府知事許可) |
1980年 | 本社を大阪市福島区鷺洲2丁目へ移転 |
1980年 | 増資(資本金 2,000万円) |
1984年 | 増資(資本金 3,000万円) |
1990年 | 本社社屋を現在の大阪市福島区海老江1丁目9番23号へ移転 |
2001年 | 増資(資本金 5,000万円) |
2014年 | 創業40周年 |
2015年 | 増資(資本金 8,000万円) |
事業内容
一戸建木造住宅の設計施工/木造ツーバイフォー住宅の設計施工/集合住宅の増改築等大型メンテナンス工事の設計施工/一般建築工事、土木工事の設計施工/宅地建物取引業/労働者派遣事業