30年前の大工技能者育成組織のその後 東洋大学 名誉教授 秋山 哲一 氏

1.はじめに

建築施工現場を担う技能者の育成は、建設産業界、住宅産業界では、古くて新しい課題である。私が最初にこの問題に関わったのは、ちょうど1980 年代後半の木造住宅振興モデル事業が全国のいくつかの主要河川流域などで取り組まれた時期と重なっている。
世間はバブル経済を受けた旺盛な建築住宅需要で満たされていたが、その需要を賄いきれない住宅供給力を反映して、地価上昇だけではなく、建築住宅工事価格が急騰した時期でもある。建設業界に先立って、住宅メーカーや地域ビルダーは自社の施工力を確保するためにグループ会社内で技能専修校を設立するなどの動きがあった。そのほか、各地の住宅生産にかかわる組織でも技能者育成の動きが高まりをみせつつあった。
その当時(1994 年)、私が取りまとめた「地域の住宅生産技能者の育成に関する研究(1)(2)」(*1)を改めて振り返ってみた。

少し長くなるが、当時の社会的背景や問題意識を思い浮かべるために、「研究の意義・目的」を再録してみる。
「住宅生産において多様な地域特性に応じた地域に根差した住宅づくりの仕組みの現代的な再編が求められる。最近、北海道の「北方型住宅」から鹿児島県の「さつまのいえ」に至るまで、地域型住宅のモデルづくりの取り組みが各地で多数見受けられるようになってきた。また、地域の木造住宅振興や住宅生産の技能者育成の重要性が指摘される中で、地域の住宅生産システムの再編も徐々にではあるが着実に進みつつある。とはいえ、これからの地域の住宅づくりを安定的・継続的な形で進めていくために、前提とすべき組織体制や技術体系のあり様については試行錯誤を繰り返している状況である。

最近特に、住宅生産関連の技能者不足が地域の住宅生産システムを取り巻く重要課題として指摘されている。 既存の大工・工務店の見習制を基本とした育成システムは、技能者育成を行う側にも、育成される側にも育成システムを維持することが困難になっている。結果として後継者難や技能者の高齢化が進んでいる。
一方で、大手住宅メーカーなどでは、技能的要索をできるだけ少なくし単純化することによって、自社の生産システムに適合する技能者を社員化することにより育成し始めている。しかし、社員化育成を実施しているのは経営環境の安定した大手住宅メーカーに限られているのが現状である。住宅生産全体を安定的に進めるためにも 地域の新しい技能者育成システムの構築が求められている。

本研究は、住宅生産システムを担う既存の技能者育成システムに限界がみられ、また新しい技術や手法が導入されるという住宅生産システムを取り巻く環境が変化する中で、地城の住宅生産システムを安定的・継続的に維持していくための新しい技能者像と、それを育成する仕組みを検討しようとするものである。」という問題意識で取り組んだ調査研究であることは理解いただけるかと思う。ただ、1990 年初頭当時の新築住宅戸数が年間約130~ 140 万戸程度から現在は80 万戸程度に減少し、リフォーム需要が高まってきているなど、調査研究実施当時とは住宅需給関係が大きく異なっている。状況は異なっているのを前提にしたうえではあるが、住宅生産を支える技能労働者の育成の必要性についての問題意識に大きな違いはないのではないか、と改めて思っている。

2.大工技能者数の推移予測

取りあげた調査研究の前半では、今後減少するとみられる住宅生産技能者数の推移について、職種別及び地域別の予測を行っていた。検討対象とした職種としては、大工のほかに鳶工、左官工、屋根葺き工があるが、ここでは大工の予測を中心に紹介する。
予測の手順を簡単に紹介すると、データベースとして国勢調査を取り上げた。技能者数の初期値は1985年の年齢階層別技能者数の分布とする。ついで、5年間を経過することによる年齢階層別の技能者数変動率を求めた。1980年と1985年の間の年齢階層別の技能者数の変動率を1990年以降も年齢階層別に適用する。1985年の参入者数に基づいて仮定した新規参入者数を1990年以降も一定とする。図1は、以上の手順を踏んで大工、左官工について技能者数の今後の推移を5年おきに2010年まで推定した結果である。職種ごとに今後の推移には大きな違いかあったが、大工、左官は今後も滅少が続くと予測した。大工の場合には2010年には、1985年の約80 万人の半分以下の値を示している。左官の場合には22万人の1/4に当たる5万人を下回る値を示している。

さらに、図2は大工技能者数の将来予測について、条件設定を替えてシミュレーションを試みた結果である。①まず、新規参入者数を当初の予測の2倍にしてみた場合、すなわち、1980年と1985年の参入者数に基づいて仮定した値の2倍にしてみる。この場合には大工の職業訓練施設の充実など新規参入者の増加対策に積極的に取り組むことが必要である。②次いで、新規参入者数はそのままにして、25歳以上の中途転職・廃業者数を1980年から1985年への変動率のままにする場合である。すなわち、5歳階層別の変動率を「1.0」と仮定する。この場合には一旦入職した大工技能者が中途転職・廃業しないように、技能者の給与体系の整備や年金・退職金などの社会保険の給付、週休2日の確保や生涯賃金モデルの明確化などの職場の労働条件・環境を改善して他の職種への転職や廃業などをなくすなど、働き甲斐を感じることができ、雇用関係を継続できる魅力ある雇用環境の創出が必要である。 シミュレーション結果から2005年までの経過をみると、新規参入者を2倍に増やす効果よりも中途転職・廃業者を少なくして、65歳まで大工技能者として継読して働いてもらえる労慟条件・環境の整備、大工としての魅力的な生涯モデルを示すことの重要性を表している。 ただ、2005年を過ぎると中途転職・廃業者よりも新規参人者数の拡大が技能者数の維持に重要な役割を示す結果の徴候が現れており、長期的にはやはり新規参入者を増やす必要がある。

以上のように1980 年、1985 年の国勢調査を基にした2010年の大工技能者数数の需要予測結果と2020年までの実際の技能者数の推移を比較してみた(図3)。

2010年時点では、実績値は約40万人となっており、予測値約27万人に比べて予測よりも減少率は少ない。ただし、2020 年時点では実績値約30 万人となっており、10年程度減少カーブが遅めにズレているだけで、減少傾向は予想と大きく変わらなかった。大工技能職への新規参入も大工職からの途中の転退職も、シミュレーションで指摘した減少基調は大きく変化がなかったのではないか、と思われる。

1994年当時の私自身は、シミュレーション結果について、約15年後の2010年時点で大工技能者数が30万人程度に縮小する結果は少し予想外で、ここまで減少してしまうと住宅生産システム自体が維持できなくなってしまうのではないか、と感じていた。しかし、10年ズレて2020年には大工技能者数が30万人程度になったということは、新築住宅市場が年間130万戸から80万戸程度に縮小したことともに、プレカットの普及といった生産性の向上など住宅生産システムの変化があったことを改めて実感している。大工技能者の人数という量の問題だけではなく、技能者の保持している技能そのものの質も大きく変わっており、どのような育成技能者像を想定するかの重要性を改めて考えさせられている。

大工技能者に留まる話ではないが、日建連など建設業団体では10数年前から技能者不足に対応する対策として、生産性の向上、若年技能者の入職・定着促進、女性技能者の入職・活用促進、外国人技能者の受け入れ、高齢者の活用などの必要性を挙げて具体的な取り組みを進めてきている。

3.技能者育成組織の育成技能者像と育成体制

1990 年当時、住宅生産関連の技能者育成組織を設立し、技能者育成に取り組む動きが全国でみられるようになってきた。これらの技能者育成組織の中で、積極的に技能者育成に取り組んでいる組織を取り上げて、育成する技能者像及び育成体制についてのアンケート調査を実施した。調査方法は郵送配票、郵送回収である。配票数は50 票、回収数は24 票であった。調査時期は1994 年4 月である。

育成目標とする技能者のタイプを次の4 つの視点から整理した。①現場で直接建設作業に携わる「技能者」か、現場を管理する立場の「技術者」か、② 1 つの専門職種に精通した「専門工」か、複数の職種にわたる技能を修得した「多能工」か、③一定の技能について高度な熟練技能を修得した「熟練工」か、高度な熟練を必要としない「非熟練工」 か、④伝統的技術体系を修得した「伝統的技能」か、新しい技術・手法の活用を前提とした「新しい技能」か、である。
当時は調査結果から、「育成技能者像には大きく分けると2 つのタイプが見受けられる。1 つは新しい技能修得を必要とする多能工であり、もう 1 つは伝統的な技能修得を目標にすえた専門熟練工である。特に前者の多能工は社員技能者という形で盛んに育成されている様子がうかがえる。このような育成技能者の目標像は現在のところそれぞれの育成組織の個別の裁量に任されている。育成組織の設立母体が大手住宅メーカーによるところが多い現状では、母体となる企業の生産システムに適合した技能者像の育成になる。多能工や非熟練工が育成技能者の目標像になるのはこのような背景に起因している。」と整理していた。

「育成体制は、育成期間、定員、専任教員数など、それぞれの育成組織によって様々である。適切であると思われる理想的な育成期間は、現状で確保できている育成期間より長期の育成期間を設定すべきだという考え方が多いものの、早く育成して建築現場へ早く配属させたいという要望も強く、育成期間の設定も容易ではない。育成技能者像に見合った育成体制をとる必要がある。育成後の就職先への定着率は半分以下という低いものもみられ、技能者育成の困難さを表している。定着率を高めるための賃金や休日、社会保険など、労働条件・環境の改善も急務であろう。」としていた。
この調査で取り上げていた主要な技能者育成組織が当時から30 年程度を経た現時点でどのようになっているのか調べてみてはどうか、と思い立った。

1994 年の調査実施当時の技能者育成状況の概要がわかるリストを再掲するとともに、そこで取り上げている技能者育成組織20者について、その後の育成状況の確認を各育成組織のホームページから収集する手順をとった。調査結果を表1の形に整理した。
今回取り上げた調査対象は、①学校教育法に基づいた学校等(5事例)、②職業能力開発促進法に基づいた認定職業訓練校等(12 事例)、③その他(3 事例)に区分することができる。個人的には1990 年当時に現地調査を行った組織である。
今回の追跡調査は、インターネット検索によるものなので正確なその後の推移を把握するのはむつかしく、誤った情報になっている可能性もある。ただし、いずれの育成組織も入校希望者を集める必要があるため、ホームページでの募集は重要な手段であり、組織が継続している場合は、アクセスできる可能性が高い。

さて、追跡調査結果を簡単に整理してみると以下のようである。

①学校教育法に基づく学校等では、もともと技術者の基礎教育に重点が置かれている中で、技能者教育に特徴をもたせた形で設立されてきた経緯がある。学校という組織であるため基本的には廃止ということはないと想定していたが、予想通り、継続して教育が行われていることが分かった。ただし、教育内容が技能者育成から建築士の資格取得、CAD 教育重視など技術者育成や芸術分野へと変化している傾向があるように思われる。また、入校者の減少を受けて休校を余儀なくされているものがあった。

②職業能力開発促進法に基づいた認定職業訓練校等では、30 年を経過した追跡調査であるため、母体となっている企業の組織再編により、組織名称や設置場所等が変化している可能性が高い。ということで、別名称・別地域で育成継続が行われている可能性もある。30 年前の名称で検索した結果からのみで得られた情報によると、大手住宅メーカーを母体にしているものは継続運営をされている。募集人員が40 人から75 人に増加したり、募集職種が大工に加えて左官を加えるなど、育成組織としての充実を図っている事例があった。設立母体は大手住宅メーカーであり、安定した育成環境が確保できていると考えられる。また、入校者を少数に限定して、少数の育成教育の形で継続を図っているものもみられる。一方、その他の地域ごとで運営されていた比較的規模の小さい育成組織の存続は、HP 調査からは確認できないものが多かった。このような小規模組織による育成は、組織設立にも困難を抱えているが、設立後の継続も課題を抱えているのではないかと思われる。特に最近では、入校希望者を継続的に確保するのが難しかったのではないか、と想定される。

③私塾の形で独自に運営されてきた育成組織は、家具や伝統的技能体系の継承に魅力を感じている若手人材の受け入れ先として、一定程度の役割を継続できている様子がうかがえる。 以上のように追跡調査を実施した結果として、充実した育成機能の役割を果たせている組織があるものの、全体としては育成組織としての安定的運営について、やや困難な状況であることが分かった。中長期的には建設キャリアアップシステム(CCUS)による技能者の処遇改善の仕組みが普及していく中で、新規入職者の増加、安定した雇用関係の確保につながっていくことを期待したい。

4.木住協生産技術委員会での取り組みと展望

私が長年にわたって関わっている木住協生産技術委員会の中の重要な課題が、住宅生産の現場を担っている職人=技能労働者の育成である。委員会では、木住協会員企業へのアンケート調査を実施し、技能者育成需要が高いことを確かめたうえで、国交省あるいは厚労省の補助金を受けて、木住協独自の育成プログラム(講習プログラム)を作成し、実施してきた経緯がある。
当初は「富士訓練センター」の施設を借りて、木住協が主体となって講習プログラムを開講し、講師としては生産技術委員会の委員のほか実技指導担当者の協力を得て対応してきた。受講生は木住協会員企業および協力企業の雇用者を対象としていた。現在は、富士訓練センター主催の講習プログラム(期間:約3週間)として継続している。

その後は、会場を富士訓練センターから木住協の支部活動との連携を図る意味から、千葉県や静岡県に会場を移して、講習プログラム(表2)(*2)の継続をしてきた。
ただ、講習プログラム実施のための準備や実技講習対応の講師確保など、実施側の木住協の負担が大きい割には参加を希望する受講者が10人を超えるようなことにはならないことから、現在はいったん中断した形になっている。

このように技能者育成は、全体としては高いニーズがあるものの、個別の企業として受け入れた新規採用者を集合訓練の場に送り出すという余裕がないことを実感した。つまり、自社で経験できるOJTのみの実践教育が対象になるということである。この場合には、入職した企業の枠を超えた大工職を目指すという思いを共有する同世代同士の交流や意見交換、講習終了後の交流機会などを継続するのができない形にとどまっている。受講したメンバーからは高い満足評価を得ているが、さらに普及展開を図るまでには至っていない。
現在、生産技術委員会生産管理WGでは、川崎市の工業系高校を対象とした技能者向け教育プログラムへの支援など、技能者育成への取り組みの強化の手始めとして、新たな模索を始めている。

最近の職業能力開発校(公共職業能力開発校、認定職業訓練校)の技能者育成に関する調査(*3)によると、指導員、資金、訓練生の不足という課題はあるものの、各地域の職業能力開発校などでは地域の住宅生産に係る組織との連携強化、施設の共同利用、育成に係るノウハウの共有などの協力関係にも将来の展開を期待している。
例えば、木住協とこれらの地道な活動との連携も見据えた取り組みが必要ではないか。木住協の各支部でも、地元で大工を含めた技能者育成に取り組んでいる育成組織訪問をするなどして、情報共有し、木住協としての支援のあり方の検討を始めてみてもよいのではないか、と考えている。

●参考文献
1)秋山哲一、地域の住宅生産技能者の育成に関する研究(1)(2)、住宅総合研究財団研究年報No.21,1994、No22,1995
2)日本木造住宅産業協会、令和元年度地域に根ざした木造住宅施工技術体制整備事業「既存の訓練施設を利用した大工技能者育成事業」成果報告書、令和2年3月
3)榎 優志、焦子鈺、石垣 文、角倉英明、職業能力開発校における木造大工技能者の育成システムに関する研究 公立職業能力開発校と認定職業訓練校に着目して、日本建築学会計画系論文集、2025-10

*プロフィール*

秋山 哲一 (アキヤマ テツカズ) 先生
1951 年生まれ。
京都大学大学院工学研究科建築学専攻・博士課程中退。
京都大学工学部建築学教学科・助手、東洋大学工学部建築学科・助教授、教授を経て、現在、東洋大学名誉教授。
主要な研究テーマは、「地域型住宅モデルの地域適合プロセスに関する研究」や「地域の住宅生産技能者の育成に関する研究」など。そのほか、マンションストックの価値向上の関する研究。
著書に、『甦るフランス遍歴職人』・(出版館ブック・クラブ、2010 年)などがある。

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