令和6年10月1日
「建物のLCAの動向と脱炭素を見すえた建材のLCAデータ(EPD等)のあり方」について
武蔵野大学 工学部 サステナビリティ学科 准教授 磯部孝行 氏

資材・流通委員会(入山朋之委員長)は、令和6年度第3回の「住まいのトレンドセミナー」を令和6年10月1日にZoomセミナーとして開催し、武蔵野大学 工学部 サステナビリティ学科 准教授 磯部孝行 氏が、「建物のLCAの動向と脱炭素を見すえた建材のLCAデータ(EPD等)のあり方」をテーマに講演を行いました。
武蔵野大学 工学部 サステナビリティ学科 准教授 磯部孝行 氏が、「建物のLCAの動向と脱炭素を見すえた建材のLCAデータ(EPD等)のあり方」を講演
1.建築分野におけるLCAの動向
磯部氏は昨今のネットゼロ(カーボンニュートラル)の動きは、2020年10月の政府によるカーボンニュートラル宣言を受けて加速したと言及。その流れを受けて住宅業界においても省エネ義務化、ZEH・ZEBの普及に留まらず、ライフサイクルカーボンマイナス(LCCM)の概念が住宅から建築物へ拡張され、2022年度に「ゼロカーボンビル推進会議」が発足したことが大きいと話しました。
この流れの背景には、「GHGプロトコル」という温室効果ガス(Greenhouse Gas:GHG)の排出量を算定・報告する際の国際的な基準が重視されたことから、住宅・建設・不動産業界では資材を調達する際の温室効果ガスの排出量の算定が重要となったことを説明。
その結果、2021年あたりから大手不動産会社などを中心に建物のホールライフカーボン(LCCO2)を算定するための議論が活発化し、不動産協会がGHG排出算定マニュアルを策定し、業界として同じルールに則った評価をしていこうという業界の動向を説明しました。
2.なぜ建設産業全体が建設段階のCO2排出量を気にするのか?
そもそも、なぜ建設産業全体が建設(建材製造)段階のCO2排出量を気にする必要があるのか。
それは、まず建築の運用時のCO2排出量(例えば、空調や照明などの使用による)が将来的にゼロに向かっていけば、必然的に建築の設計から新築時のCO2排出量の割合が高まることになる。そこで次なる削減分(努力分)として、建設(建材製造を含む)に注目が集まったのだと解説。
そうした風潮の中、建築業界も動きを見せ、日本建築学会においては2024年には建物のLCAの考え方を示すとともにデータベースを最新の情報に更新。
さらにゼロカーボンビル推進会議では国際的に通用する建物のホールライフカーボン(LCCO2)評価の枠組みを整備し、算定ツールであるJ-CAT試行版を2024年5月に公開。今年10月には正式版が公開されることを発表しました。
同時に磯部氏が考える建物のCO2削減の方策も示され、
①低炭素な材料、リサイクル・リユース材料の活用
②材料・建材生産の工夫や建物の長寿命化などによる省資源化
③省エネ化、再生可能エネルギーの活用 とシンプルな対応でネットゼロが実現できるのではないかとの考えを述べました。
3.建物のLCAとデータベース
●建物のLCAとは
まずLCA(Life Cycle Assessment)の定義を「対象製品のライフサイクル(ゆりかごから墓場まで)の環境負荷(CO2排出量だけではない)を評価し定量化する手法」=「環境のものさし」であることに言及。コストを環境負荷に置き換えたものであると理解していいと述べました。
またLCAに関する国際規格もあり、建物のライフサイクルをステージごとに細かく分けて判断することでより正確な数値が算出できるように規定されていることを解説。その規格はそのままJ-CAT「建築物ホールライフカーボン算定ツール」にも採用され、同ツールが国際基準に則られたものであることを強調しました。
●建物のLCAの算出方法
算定方法は単純で、「建設資材製造分のLCA」=「各建設資材の資源投入量×CO2排出原単位」で、
①産業技術総合研究所が提供する積上法によるデータベース「IDEA」を用いるもの
②日本建築学会が提供する産業連関法によるデータベース「AIJ-LCA」を用いるもの があるのを紹介。
そして、①は日本トップクラスのデータベースにより算定者の収集負荷を大幅に削減できるほか、個別製品の製造プロセスを反映しやすい評価手法であること、②はCO2、SOx、NOxなど主要6種類に特化したツールであり、建築業界における主要製品の標準的な環境負荷が得られるなど、互いの手法の違いとメリットを解説しました。
4.EPD(製品環境宣言)とは
EPDとは、ライフサイクルアセスメント(LCA)に基づく第三者認証を受けた客観的な報告書のこと。製品が環境などに与える潜在的な影響に関する情報を伝える制度で、企業における環境情報の開示情報のひとつと説明。
一方で、EPDは企業活動の透明性を明らかにする一つの手段であり、製品の環境負荷を比較するための制度ではない点も強調しました。
さらに環境負荷を算定するためには製品ごとに定めるルール(PCR)で算定・公表する必要があり専門知識を要すること、そして第三者認証による環境情報の品質担保が得られる一方で、EPDを取得するには、算定だけでなく登録公開料なども必要な現状を説明しました。
5.EPD等の環境負荷データの作成とその考え方
●環境負荷データの算定方法
「ある資材・サービスのCO2排出量」=Σ(活動量× CO2排出原単位)と、比較的シンプルに求められるのに対し、建物のCO2排出量(建設時)は多くの段階あり、かなり面倒である。そこで今後は建物のCO2(建設時)を個別製品群で評価しつつ、既存データベース(DB)を活用して不足分の資材・設備EPDを作成するのが望ましいと説明しました。
●個別建材・設備データ作成のポイント
個別建材・設備データを作成するにあたり、LCAの実績がある業界・企業では、
①建設資材の共通ルールに基づく算定ルールを定める
②各建材・設備でCO2排出量削減のポイントが異なる点に留意する
③各建材・設備で合理的な算定ルール(個別)を協議し定める ことが大切であると述べました。
またLCAの実績がない業界・企業では、①最初から完璧なデータ作成は困難なので、主要構成資材、製造時のエネルギー消費量など、できるところから把握し、②関連企業との情報交換・共有しながら、③先行する業界などの算定ルールを参考に合理的な算定ルールを定めて、「当該製品のCO2排出量の特徴、削減の方策などを整理することが重要」と述べました。
6.建設業界の皆様に向けて
EPD/個別建材・設備データベースは、企業の環境貢献を製品のCO2排出量として社会に発信できる有効な制度で、企業のアピールにもつながるもの。個別製品と密接に関連したCO2削減を検証・実現するためのデータベースを構築するためには、多くの業界、企業様の協力が必要不可欠であることを話しました。
そこで今後は建設業界の皆様と算定ルールを制定するために、どこを評価するべきかを議論しながら、各建材・設備の特徴を反映した合理的な個別ルールをつくりあげていきたいと抱負を述べ、さらに「新たに取り組む業界や企業に対して、私はもちろん研究仲間によるアドバイスや技術支援は惜しまない」として情報の今後のEPDのさらなる普及を願い、セミナーを終えました。