令和5年7月4日
「既存住宅の課題と点検・維持保全の担い方」について
株式会社ERIソリューション 取締役 小尾 章夫 氏
資材・流通委員会(入山朋之委員長)は、令和5年度 第3回の「住まいのトレンドセミナー」を7月4日にZoomセミナーとして開催し、株式会社ERIソリューションの小尾 章夫・取締役が「既存住宅の課題と点検・維持保全の担い方」についてをテーマに講演しました。
小尾・株式会社ERIソリューション 取締役が「既存住宅の課題と点検・維持保全の担い方」について講演についてZOOMで講演
小尾取締役は、まず株式会社ERIソリューションについて説明を行いました。 ERIソリューション株式会社は、建築確認・住宅性能評価等の検査・審査・調査を主業務とするERIグループのなかで、既存建物・施工中の工事の調査・審査を担う会社であり、アスベスト調査・分析、建築基準法12条定期報告、省エネ審査(CASBEE、BELS認証)、ドローン・赤外線サーモグラフィーを活用した外壁等の調査、既存住宅状況調査などが主な業務であると説明しました。 また、「専門機関の既存住宅に関する各種第三者調査」も行っているのが特徴で、最近はこの検査の依頼が増えてきてると説明。中古住宅の売買契約時に、宅建業者は既存住宅状況調査の斡旋の可否を示すことを義務付けられたことから、既存住宅状況調査、いわゆるインスペクションを請け負う機会が増えているとしました。
この調査は建物の「雨漏り・雨漏り要因」「蟻害」「腐朽腐食」「給排水管水漏れ」などの状況を見るために行うもので、小尾取締役は、既存の木造戸建て住宅の調査結果について解説しました。それによると、築年数が増えるほど指摘事項も多くなる傾向があり、「雨漏り・雨漏り要因」については、築10年以下の木造住宅でも28%、築15年を超えると7割前後で指摘事項があると言います。また、築20年以上の建物の場合、蟻害は5~10%、木部の腐朽腐食は20~30%、給排水菅水漏れは10%前後で指摘事項があると言います。指摘案件が発見されるおおよその率は、築10年で60%、築16年以降で70%、築20年以降で80%。小尾取締役は、こうした結果からも、一定規模の修繕を加えなくてはならない中古住宅が非常に多くなっていると指摘。適切なメンテナンスが行われている住宅は、全体の1~2割程度ではないかとしました。
小尾取締役は、こうした戸建て住宅の老朽化により影響を受けるのは、当然建物の所有者に違いないが、ほかに火災保険を販売している保険会社も影響を受けていると説明しました。火災保険事業は、自然災害被害の増加による保険請求の増加や、インターネット普及による価格競争激化、また不正請求の急増などによって赤字が常態化しています。その結果、個人向けの火災保険の引き受け審査の厳格化、保険料の値上げ、築年数に合わせた保険料の設定などが行われるようになっているということです。
そんななか日新火災海上保険株式会社が、メンテナンスを適切に行なっているマンションに対して保険料を割引く火災保険「マンションドクター火災保険」を発売し、人気商品となっているといいます。そして、今年1月には戸建て住宅にについても同様に、事故が起こりにくいと評価された建物に対して割引を行う保険「お家ドクター火災保険」を発売。ERIソリューションもこの保険の提携事業者としてサポートを行っていると言います。
小尾取締役によると、このサポート業務を行うにあたり、長期優良住宅の所有者に対してある取り組みを行っているそうです。 長期優良住宅では、維持保全計画を作成し、30年間それに則って維持保全をすることが義務付けられています。この場合、維持保全の計画を実施する責任者は建物の所有者であり、住宅メーカーは定期点検等を実施予定者という位置付けです。そして、維持保全の状況調査に対して報告を怠ると、優遇措置を取り消される恐れもあります。しかし、多くの場合、所有者は当事者としての意識が低いという現状があります。 そこで、株式会社ERIソリューションでは、長期優良住宅の所有者に対するサービスとして、Web経由の建物の写真(画像)データによる劣化・損傷状況や修繕の要否の診断、維持保全記録の保存等を行っているといいます。小尾取締役は、このサービスの大きな趣旨は、「自分の家は自分でメンテナンスをしていただきたいということ」と説明。そのためにITやAIも活用し、できるだけ費用がかからないようなサポート体制を整えていきたいと話しました。
続いて小尾取締役は、建築基準法第12条の提起報告制度について解説を行いました。 この第12条においては、安全のため①建物、②建築設備(給排水設備、換気設備、排煙設備、非常用の照明装置)、③防火設備、④昇降機等について、経年劣化などの状況を定期的に点検する制度が設けられています。その背景には、悲惨なビル火災事故が頻発していることなどがありますが、定期点検の報告率は建物の用途によってばらつきが大きく、改善に向けた取り組みが必要とされていました。 そして、今年は建築基準法施行令を改正する政令ができ、行政が、3階以上で延べ床面積が200㎡を超える事務所などの建築物を専門技術者による定期調査報告の対象に指定できるように範囲を拡大。また、東京都や横浜市ではマンションの管理の適正化を推進する法律ができるなど、建物の維持保全を促進する傾向が強まっています。
さらに小尾取締役は、土木インフラについても言及しました。 2022年の笹子トンネルの天井落下事故などを受け発足したインフラメンテナンス国民会議による提言を見ると、対象インフラを①維持すべき機能、②新たに加えるべき機能、③役割を果たした機能の3つに再整理してインフラを維持管理していくとなっています。小尾取締役は、このうち「役割を果たした機能」という分類があることについて、これは維持管理できないものは諦めるということであり、いよいよそういった認識が一般化しつつあると説明しました。
そして、こうした状況を鑑みて住宅に目を向けて見ると、空家対策がより強く推進されるようになっています。 今年「空家等対策の推進に関する特別措置法」の一部が改正されて空家対策が強化。特定空家化を未然に防止するために、管理不全空家という枠組みを作り、その勧告を受けた空家は、固定資産税の住宅用地特例(1/6等に減額)を解除するともされています。 管理不全空家とは、そのまま放置すれば「倒壊等著しく保安上危険・著しく衛生上有害」となる恐れのある状態にある空家のことで、窓や外壁が割れていたり雑草が生い茂ったりしている物件を想定。全国試算でおよそ50万戸があるとされているといいます。 今後ますます空家が増えていくことが予想されるなか、メディアでは所有者には空家の売却や利活用を促す声がよく聞かれます。しかし小尾取締役は、適切に管理して保有し続けるという選択肢があってもいいのではと提言。「使わなくなったらすぐ売らなければいけにというのも不思議な話です。とりあえず置いておこうというのが普通の発想で、その代わりきちんと維持保全することが大切です」と話しました。そして、維持保全の主役はあくまで所有者であること、維持保全の情報も所有者のものであることを再び強調し、管理不全空家にならないように、しっかりと維持・利活用して欲しいと述べました。 また、住宅業界全体としては、自主点検や第三者点検の記録の管理など、維持保全に関わるサポートやアドバイスを行い、情報が固定資産税の軽減や火災保険の料率の算定などに活用される仕組みを作る取り組みも必要ではないかと述べ講演を終えました。