令和4年10月4日
【第2部】「野地板の釘引き抜き耐力に関する研究紹介」について
千葉工業大学 創造工学部 建築学科准教授 石原 沙織 氏

資材・流通委員会(澤田知世委員長)は、令和4年度 第5回の「住まいのトレンドセミナー」を令和4年10月4日にzoomセミナーとして開催しました。
今回は1部と2部に分け、第2部で千葉工業大学 石原准教授が「野地板の釘引き抜き耐力に関する研究紹介」についての説明を行いました。
千葉工業大学 石原准教授が、「野地板の釘引き抜き耐力に関する研究紹介」をzoomで講演
石原准教授は、3年前から学生たちと研究を続けている「野地板の釘引き抜き耐力に関する研究」について、その成果の一部を発表しました。
まず初めに、2019年の台風で大学のある千葉県が受けた屋根被害をデータで説明しました。「2019年の台風15号と19号で、私たちの大学がある千葉県内でも大きな被害が発生しました。15号の被害は主に暴風によるもので、19号は大雨と暴風によるものです。観測史上1位の値を更新した地点が多くありました」。
千葉県内の鋸南町の写真を見ながらの説明は、「15号の後の被災状況です。多くの家屋の屋根にブルーシートが被せられ、屋根の被害率は鋸南町約56%、南房総市約61%、館山市約45%と、かなり多くの被害が発生しました。15号と19号の住家の屋根被害について屋根葺材別の割合ですが、対象住家は元々瓦葺きの屋根が6割強と多く、その内屋根被災は、瓦(粘土葺き)が64%、瓦(釘・スクリュー)が56%、瓦(留め方不明)が63%になり、瓦葺きではかなりの被災があったということがわかります。金属屋根は27%、スレートは28%で、瓦葺きに比べると割合は小さいですが、被害はそれなりの数が発生しました」。
建築年代別の屋根被害もグラフで表示。「築30~60年になると約60%に被害が発生しています。それより築年数が浅いものは、50%以下です。年代が新しくなると屋根被害率は低減することから、経年劣化が主な原因だと思われるのですが、もう一つ、築30年以降から被害率が高くなるのは、戸建住宅の寿命が30年程度という暗黙の概念があって、メンテナンス計画がもしかしたら30年まででストップしているのではないかとデータを見て思いました。もしそれが要因の一つで、このままのやり方を続けていれば、一向に日本の戸建住宅の寿命は延びていかず、資産価値も向上しません。台風の度に被災する住家が、減少することなく増えていくということが懸念されます。気象はさらに激甚化しているので、今後も被害が大きくなることが予測されます。次に1989~2018年までの住宅屋根材使用比率をグラフで見てみると、近年では瓦に代わって化粧スレートや金属の屋根材が増えてきています。特に化粧スレートは割れが発生するなど、材料自体の耐久性が瓦や金属屋根に比べると少し低いので、今後経年劣化していった時に、さらに被害が拡大してしまう可能性が懸念されます」。
次に、「野地板の釘引き抜き耐力に関する研究」についての発表がありました。
「いずれの屋根も一般的には垂木の上に野地板を施工し、その上にルーフィング(下葺き材)を敷きのべて、これをタッカーなどで野地板に留めつけ、その上に屋根葺き材を施工して、釘やビスなどで垂木に固定します。あるいは、垂木が無いところでは野地板に固定します。2020年には日本建築学会発行のJASS12が改定され、野地板と屋根葺き材の間に通気層を設ける通気構法が掲載され、屋根全体の高耐久化の視点が盛り込まれた内容になっています」。
屋根被害に話を戻して、野地板と釘の引き抜き耐力の影響について説明します。「屋根被害は葺き材自体が飛散するものと、野地板ごと飛散するものがあります。特に野地板に着目すると、小屋裏の室内側に大量の結露が発生して野地板が吸水するということがあります。また、釘の引き抜き耐力は野地板の状態に強く影響を受け、野地板が濡れていれば釘の引き抜き耐力は当然低下することが予測されます。ですから、台風15号の屋根被害は、野地板と釘との緊結力の低下で発生した被害もかなり多かったのではないかということが推測されます」。
では、なぜ釘の引き抜き耐力が低下するのでしょうか?
「結露や漏水により野地板の含水状態が高くなり、太陽光などの加熱により乾燥する際、膨張収縮などの変形が発生し、乾湿繰り返しによる木質材料中の接着強度が低下し、更に風などの外力によって釘の繰り返しの疲労などの影響を受けることが考えられます。実際には、これらが複合して釘の引き抜き耐力が低下すると予測されますが、研究の中で何度も予備試験を行なった結果、釘の貫通部から屋内側にある水分を吸い上げ、屋外側に移動するという現象を確認しました。これは釘の引き抜き耐力に大きく作用すると予測されましたので、吸水と乾燥の履歴に一先ず着目し、それらを再現した実験を行ってみて、釘の引き抜き耐力がどうなっていくか、乾湿繰り返し試験を行いました」。
試験体は、高密度合板(12mm)、中密度合板(12mm)、中密度合板(9mm)、低密度合板(12mm)、MDF(9mm)の5種類で行い、試験方法、試験後の外観変化など、図や写真での試験内容の具体的な説明がありました。
「結果は、初期の含水率は試験体に因らずほぼ等しいですが、MDFはほとんど吸水しないため、含水率変化は小さいのに対し、合板の場合は含水率の変動があり、密度が低い程、含水率の増減もばらつきも大きくなる傾向がありました。肝心な引き抜き耐力の推移は、MDFを除き1回目の浸漬による低下が大きく、その後の繰り返しによる低下はさほど見られません。板厚が薄い場合、乾燥による回復がわずかに見られますが、それ以外は変わらないか、逆に低下します。これは、湿潤時は繊維膨張による摩擦抵抗が大きくなったためと推測しています。また、密度が高いと引き抜き耐力は大きいですが、ばらつきも大きいことがわかりました。当初の予想では含水率が高くなると引き抜き耐力が低下すると考えていましたが、含水率と最大引き抜き耐力にはほとんど相関がないことがわかり、含水率は引き抜き耐力の支配的要因ではないということがわかりました」。
ここまでの実験で、新たな疑問が生じたと石原准教授は言います。「含水率が初期と同じ状態に戻ったら、釘引き抜き耐力はもう少し回復するのか?という疑問です。それを確かめるための実験を行いました。調べた結果は予想に反して、含水率が初期と同じ状態に戻っても、吸水と乾燥を繰り返す度に引き抜き耐力は低下することがわかりました。先ほどお話した通り、この実験結果からも含水率が釘の引き抜き耐力低下の主要因ではないということがわかり、そして、吸水・乾燥により組織が脆弱化することが主要因なのか?ということが予測されました」。
さらに、もう一つの疑問が生じたと言います。「野地板は本来垂木に固定されていますが、変形を拘束したらどうなるのか?下葺き材や屋根葺き材があるとどうなるのか?このことを前提にさらに実験を続け、曲げ試験や剥離試験も実施しました。実験の結果、変形を拘束された野地板の最大変形量は小さくなりますが、釘引き抜き耐力が低下しやすいということがわかりました。実際の屋根は垂木に固定されていることが多く、今回の実験よりもスパンが長いので、より危険であるということが想定されます。また釘引き抜き耐力は、合板の層間の剥離強さと相関があり、初期状態に比べ繰り返し試験後では、剥離強さの低下に対するに引き抜き耐力の低下が大きくなります。すなわち、吸水・乾燥の繰り返しは合板の接着強度を低下させます。合板は、単板を繊維方向が1枚ごとに直交させて、奇数枚積層接着して製造しているものですので、各単板の収縮量には違いがあります。これに風荷重などの外力(野地板への外力と釘への外力)が加わり、屋根被害につながるのではないかということが予測されます。現在学生と、この外力の部分も含めて研究しているところです。また機会がありましたら、その内容についてもご報告させていただきたいと思います」と、研究の次なる目標を話しました。