令和3年2月8日 「木材と木質材料 これまでと今後」について 秋田県立大学 木材高度加工研究所 教授 中村 昇氏 氏

資材・流通委員会(澤田知世委員長)は、令和2年度 第5回の「住まいのトレンドセミナー」を令和3年2月8日にzoomセミナーとして開催し、中村 昇 氏(秋田県立大学 木材高度加工研究所 教授)が「木材と木質材料 これまでと今後」について、木材と木質材料の現状と課題、そして将来性などについて講演しました。
中村・秋田県立大学教授が、「木材と木質材料」についてzoomで講演
中村教授は、最初に「木材を賢く利用するには木材を理解すること」という建築家、フランク・ロイド・ライトの言葉を引用し、木材について解説。その最大の特徴は、階層構造であることとしました。立木の状態で見ている木も、ミクロレベルでは細胞で構成されており、その細胞壁もまた階層構造になっています。さらに細かい分子レベルで見れば、セルロース、ヘミセルロース、リグニンといった成分が複雑に絡み合った構造になっており、これが木材の特質を決定しているとしました。
また、木を構造材として見た場合には、木理(繊維)の向きや力の加わる方向によって強度、剛性、破壊特性に大きな違いが生じる異方性材料に位置づけられるとし、力の加わり方によって割裂破壊が生じやすいこと、同じ木材でも道管の配列が異なる散孔材と環孔材で性質が異なることなども説明。木材を有効に使うためには、こうした木材の性質を十分に理解して使用することが大事であると話しました。
続いて中村教授は木材の歴史と課題について解説。代表的な木質材料として集成材、LVL、合板、CLTを挙げ、それぞれについて成り立ちや特徴を説明しました。そのなかで、歴史が深く、国内外で広く使われている集成材について、JAS規格でラミナ構成が決められてしまっていることは問題と指摘。集成材を構成するラミナの強度が、樹種によって、また同じ樹種でも育つ地域によって大きく違うにもかかわらず、ラミナを一元的に捉えてしまっているとしました。
しかし、実証を伴うシミュレーションを行えば、規格外のラミナ構成でも強度等級が得られ自由設計は可能であり、実際の例として、中村教授が開発した集成材強度シミュレーションソフト「SiViG」を用いることでJAS認定を得たベイマツとスギのハイブリッド集成材を紹介しました。また、LVLについても、昨年のJAS改正によりシミュレーションを行えば断面設計が可能となったため、LVLのエレメント強度を推定できるソフトも開発。こうした動きをさらに進めていくことで、木材利用の促進を図りたいと話しました。
次に中村教授が挙げた課題が、耐火性能に関わる木材の燃え止まりについて。教授は木材のみで燃え止まる2時間耐火材の開発が急務であるとしました。スギの場合、炭化した表層が燃える赤熱燃焼が止まらないことがこれまでの試験でわかっており、そのため石こうボードによる加工や薬剤注入で耐火性能を高めた建材が開発されてはいますが、それでは木材最大の魅力であるテクスチャー(木目)を生かせません。そこで、スギと違い燃え止まることがわかっているベイマツやカラマツを使用するなどし、木材だけで燃え止まる素材が開発できないかと研究を進めているということです。木材のみで燃え止まる2時間耐火材の開発に成功すれば、建物の階数制限が緩まり設計自由度が高まります。また、現在トヨタが環境との調和やサスティナビリティに配慮した「TOYOTA Woven City」という街づくりに着手していますが、こうしたプロジェクトにおいて使用される可能性も出てきます。そうなれば、社会的なインパクトもあり、木材の価値がより高まるのではないかと話しました。
今後の木質材料の方向性については、持続的な木材利用のためには日本の人工林の6割近くを占めるスギの需要拡大が極めて重要と中村教授は指摘。ヤング係数や強度が低いスギをどのように使うかが問題となりますが、その欠点を補うために炭素繊維や鉄筋をスギと組み合わせて強度を高めた新しい建材の開発も進んでいるといいます。ところが、こうしたハイブリッド材料はリユース、リサイクルが難しく、開発を手放しで喜ぶわけにはいかないと教授。「異論があることは承知でいいますが、こうした素材は未来に負の遺産を残すことにもなりかねません」と警鐘を鳴らしました。
そんななかで中村教授が注目しているのが、木質材同士を組み合わせるマルチマテリアル。スギの特徴である軽さを生かし、異なる材と組み合わせて使用することで、スギの需要を高めたいといいます。ところが現状ではJAS製品とJAS製品を複合してもJAS認定は得られません。有志が声を上げこの制度を改良することができれば、新たな道が開けるのではないかと提言しました。また、今後住宅の高断熱化がますます求められる状況を考えると、木質繊維を吹き込んだ高断熱パネルの開発を進めるべきと提案。木はグラスウールなどと比べても重量あたりの熱伝導率が低く、優れた断熱材になりうる素材だと話しました。さらに、近年世界において木質パネルの生産量が激増しており、今後深刻化する人不足のなかでも確実な供給力を持つ木質パネルの製品化に成功し、アジアの木材・木質材料の規格化が進めば、品質が高い日本の商品に対する大きな需要が期待できるのではないかとしました。
最後に、中村教授は現在多くの企業が木造に注目しているのは確かだが、それは木材を利用することで低炭素社会および持続可能な社会を実現するためであり、残念ながら木材が好きだからというわけではないと話しました。また、実際には再造林に必要なお金が山に還元されておらず、再生の目処が立っていない地域も増加しているとも説明。SDGs 、ESGに対応するためには確かに木材は適した素材だが、森林経営が危ぶまれるこの現状下で、ただ木を伐採して使うだけ、ただ木材製品を売るだけでいいのだろうかと疑問を呈しました。「木材には、秘めた力がまだまだあります。その未来は明るいはず」と中村教授。熱を吸収し放出する透明な木材の開発や、木材から抗ウィルス物質を生産する研究などを例に挙げ、人間が木材にもっと働きかけて秘めた力を引き出し、その価値を広く世界に説明していかなければならないと強調し講演を締めくくりました。