日本木造住宅産業協会

(一社)日本木造住宅産業協会(略称/木住協)は、木造軸組工法住宅等の普及と健全な発展に寄与することを目的とした法人です。

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頑張る会員企業訪問記

日本の気候風土には木造住宅

日本には四季があります。また高温多湿です。そんな日本の気候風土に一番合うのは木造軸組工法住宅。
素材である「木」の特性から、調湿性や吸音性に優れ、地球環境や人の健康にもやさしいのが最大の特徴です。
そこで、木住協の機関誌「木芽」に掲載している頑張る会員企業訪問記を紹介します。

自社林の国産材を採用した住宅事業を展開 國六(株)(岐阜県岐阜市)

國井社長我が国には創業100年を超える長寿企業が約2万2,000社あるという(帝国データバンク調べ、個人経営を含む)。今回の「頑張る会員企業訪問記」に登場していただいた國六株式会社(本社=岐阜市長住町、國井重宏社長、資本金4,500万円、1種B正会員)も、その1社である。創業は明治31(1898)年。清国で西太后が隆盛を極めた年であり、2年前の1896年には第1回オリンピックがアテネで開催されている。実に115年もの社歴を誇っていることになる。今、國六は創業時の山林経営をベースにプレカット事業、そして住宅事業を3本柱に、川上から川下へと事業領域を拡大している。建設する木造軸組住宅に自社林の国産材を採用するなど、「こだわり」を持った住宅事業を展開していた。

國六は一昨年4月、「“木”を通じて心の潤いを提供する」ことを経営理念を掲げた。創業家出身の國井重宏社長(45歳)にその意味を尋ねたところ、即座に「クニロクの原点は“木”にあります。その木を生かして、お客さまにいかに喜んでいただける商品を創るかが『クニロクの存在価値』ということです」という明快な回答が返ってきた。この経営理念を基に、住宅事業で使用していた木材をすべて国産材に切り替えた。「社有林の木を活用して、木の会社になろうということです」と國井社長。大きく経営の舵を切ったことになる。

115年前に造林事業で創業 プレカット事業も

國六の施工例國六の社歴をひもとくと、明治31年に現在の岐阜県本巣市で創業し、造林事業を開始したのが始まり。現在では岐阜県と岡山県内に名古屋ドーム約550個分に相当する約2,650ヘクタールもの社有林を保有している。このうち半分は人工林で非皆伐施業や針広混交施業、複層林施業といった環境に配慮した山林事業を行っている。残り半分は広葉樹からなる天然林で、樹齢100年を超すブナの森もあるという。林業経営が長く続いたが、昭和40年代から宅地開発事業に乗り出し、温泉付き宅地や建売住宅用の分譲地開発のほかマンション事業も着手した。平成9年には愛知県江南市に江南プレカットセンターを新設している。CADと連動したフルオートメーションラインを構築し、加工から出荷までの全工程を一貫して行っている。横架材や柱材、羽柄材加工のほかに合板加工も行い、機械加工のできない部材は熟練スタッフによって一つひとつ手作業で加工し、加工誤差は0.2㎜から1㎜以内という精度を誇っているという。

住宅事業では昭和40年代から宅地開発に着手し、岐阜県多治見市で320区画の大規模開発「多治見グリーンビュー」を完成させた。平成9年には同じ多治見市で「多治見グリーンビュー東山“公園通り”」の開発に着手、平成12年から販売を開始した。計画面積は33.7ヘクタール、総戸数487区画という近隣でも例が少ない大規模開発で、現在では約30区画を残すだけとなっている。

多治見でコミュニティー重視の大規模開発

幹線道路にカーブをつけた「多治見グリーンビュー東山公園通り」の街なみこの「多治見グリーンビュー東山"公園通り"」は、國井社長にとって思い入れが深い住宅地開発である。國井社長は成城大学を卒業して4年間、東京の大手不動産企業で土地区画整理事業を担当。平成7年に國六に入社し、取締役、常務を経て平成14年に代表取締役社長に就任した。「多治見グリーンビュー東山“公園通り”」は國井社長が國六に入社した当時からの案件で、それだけに「手塩にかけて開発した住宅地です」と語る。既にバブルが弾けていたため、特徴のある街づくりが必要だった。そこで國井社長が目指したのが「コミュニティーあふれる街づくり」ということ。そのため購入者と一緒になったイベントや勉強会、お祭りなどをこれまでに20回近くも開催して交流を深めている。毎回1,200人以上の住民が参加しており、國井社長は「売りっぱなしではなく、コミュニティーの熟成は開発者の責任です。今では子育て環境の良い街になっていると自負しています」と強調している。

街づくりも従来の画一的な手法ではなく、団地内を巡る幹線道路に緩やかなカーブをつけて運転者に車の速度を自然に落とすように工夫したり、なだらかな南勾配の団地中央に緑の小径のある「ふれあい広場」を配置した。宅地率は29%であるのに対して公園・緑地率は45%と広く、取材に訪れた時も子育て世代が公園のあちらこちらで子供たちと遊んでいる姿が見えた。監視カメラシステムの導入やスタッフが団地の全域を定期巡回するなど、防犯対策も十分に施されている。隣接する緑地に子供たちが自然を観測できる自然観察園も併設するなど、コミュニティーの熟成に力を注いでいる。

国産材を武器に注文中心に脱皮を

ふんだんに国産材を使用した岐南町八剣住宅展示場國六の住宅事業は今、大きく変わろうとしている。平成23年度の全社売上高は、前年度比で約20%増の33億7,400万円。住宅の販売棟数は55棟で、このうち建売住宅の販売が30棟を占め、残りが売り建てを含めた注文住宅となっている。國井社長は「多治見グリーンビュー東山“公園通り”のような大規模開発は、開発期間の長期化や適地の減少などから不可能となっています。そのため建売住宅は回転を重視して、数区画単位から10区画程度の土地仕入れに専念します」と語っている。その一方で、「國六の存在価値を高めるため、注文住宅事業への脱皮を図っていきます」と語る。その“武器”が国産材とも強調する。

2年前の国産材への切り替えで、建売住宅を含めて岐阜県下呂市の自社林から伐採した檜と杉を構造材に使用している。注文事業では昨年に岐阜市茜部新所に続き、岐南町八剣にも住宅展示場を開設したが、すべて国産材が使われ「主要構造材は私が自ら自社林で伐採した檜を使用しています」という「こだわり」ぶりである。因みに国産材の使用を全面に出した岐南町のモデルオープンでは、3日間のオープニングイベントで140組の来場者があった。「国産材を使用した家造りに自信を持ちました。あの時に方向転換していなければ他社との差別化もできなかったはず。国産材の使用で価格は多少割高になりますが、それでも注文をいただけるという自信がつきました」と國井社長は語っている。「岐南町八剣住宅展示場」にはオール国産で造られた国産無垢材のモデルハウスが建てられている。リビングの天井は化粧梁と羽目板で温かみのある空間に設えてある。和室から坪庭が眺められ、やすらぎが得られるモデルとなっていた。

35年間無料定期点検制度も導入

自社林のブナ天然林國六の家造りの「こだわり」はこれだけではない。國井社長は「家族の想い出がいっぱい詰まった愛着あふれる家造りを当社では実践しています。その一貫として注文住宅のお客さまには実際に当社の自社林に行って木を選んでいただき、その木をご自宅の建設に使用することにしています」と語る。子供が成長し、「この柱はお父さんが山に登って選んだもの」などと自慢する姿が目に浮かんでくる。このほか、通し柱や隅柱、間柱、土台には自社プレカットセンターで加工した4寸角を使用している。地盤調査を全棟で実施した上でシックハウス対策やバリアフリー設計を施し、ベタ基礎や通気工法、鋼製束、耐震金物、基礎パッキン工法などによって耐震性や耐久性などを高めている。

断熱面では自然素材の羊毛を主原料にした「ウールブレス断熱材」を採用している。難燃繊維で内部結露とも無縁な断熱材で、優れた吸音性も発揮する。夏に涼しく冬は暖かく、室内の湿度をカビが発生しない50-60%に保たれ、快適な環境を維持できるという。35年間におよぶ無料定期点検を導入しているのも「こだわり」の一つ。「引き渡してからが本当のお客さまとのつながりが始まる」という考えから、10年以上も前から採用しており、國六の住宅供給の取り組み姿勢を示すものといえよう。

木を通じて「これからの100年も」

気配りはお客さまだけではない。社歴は115年だが社員の平均年齢は37歳と若く、活力にあふれている。10年前の社長就任時から、毎年暮れに「クニロクファミリー会」を開催し、それまで各部署で行っていた忘年会を全社員と社員のご家族やお子さんを含めて一同に会して開催するように改めた。「経営環境が厳しい時期ですから、ご家族を含めて全社員の心が一つになろうと思って開催しました」。昨年で10回目となったが、「会場となったホテルから『参加者がこれ以上に増えると会場が狭く開催できません』と言われました」と國井社長は微笑む。

國井社長は「これからの100年間も『木を通じてお客さまとつながっていたい』という気持は、何ら変わっていません」と語る。「何でも真面目に一生懸命。自分がしないで誰がする!」というのがモットーの國井社長。マラソンが趣味で、平成21年に地元で開催された「いびがわマラソン」で42.195キロを3時間48分で完走した。昨年の大会では3時間18分と大幅に短縮し、「2時間台で快走することが夢」という。國井社長に木住協に入会して良かった点を聞いてみると、「メルマガなどを通じていつも最新の情報提供をしてくれること」という回答が返ってきた。國井社長は「お客さまに『木のことならクニロク』と認識していただけるよう、木のトータルカンパニーを目指します。当社が国産材を使っていくことで川上から川下までが潤い、日本の林業の復活も図れるはずです」と力強く語る。マラソンのように、國六が国産材利用の先頭グループを走っている光景が目に浮かんでくる。

※協会機関誌「木芽」2013年春号(Vol.147)より転載

当社のピカ1社員

お客さまが考えている以上のプランづくりを 住宅事業部 建設チーム 日野 葉玄(ひの ようげん)さん

インテリアコーディネーター 黒木 晴美さん主に住宅のプランづくりを担当しているのが、今回登場の日野葉玄さん(27歳)。立命館大学の建築都市デザイン学科を卒業し、地元の住宅会社を経て2年前に転職した。以来、担当したプランづくりは約40件。社員の誰もが認める頑張り家の1人だ。関市から車で1時間かけて出社し、資料づくりや図面チェック、仕様確認、現場立ち会い、色決めと多忙な毎日を送っている。「お客さまに『購入して良かった』と思っていただけるようなプランづくりを目指しています」と日野さん。「最新の流行をいち早く取り入れ、1つひとつのプランに必ず"見せどころ"をつくることを心掛けています」とキッパリ。

入社当初に「確認不足で外構の照明器具の品番を間違えたこともありました」という失敗もあったが、今ではお客さまからの評判は上々。「担当した住宅が、正式発売前に売れたことも何度となくありました」と笑みがこぼれる。注文住宅では、お施主様の要望をヒアリングし、デザインと機能性をあわせたお施主様のイメージに合う提案をするように心がけている。「日野さんに担当して貰って良かった」「予想以上の家造りができました」という声を頂戴したこともある。

夕刻に翌日の予定を確認して会社を出るが、真っ直ぐ帰宅しない。実は一級建築士の資格を取得するため、専門学校に通っている。帰宅は午後10時を回ってしまうが、「妻は仕事の大変さを知ってくれているので、帰宅が遅くなっても文句も言いません。ありがたいと思っています」と日野さん。愛妻の想いに報いるため「2年以内に合格したい」と断言する。そんな日野さんの夢は、「お客さまが考えている以上の家造り」ということ。どこまでも「お客さま第一」の日野さんだった。

会社概要

創業

明治31年3月

設立

昭和21年9月

代表取締役

國井 重宏

本社

〒500-8175 岐阜市長住町5丁目8番地

電話

058-264-0926

ファックス

058-265-5926

資本金

4,500万円

従業員

66人

ホームページ

沿革

明治31年3月

岐阜県本巣郡外山村日当(現・本巣市)で國六商店を設立・創業

大正5年6月

林地伐跡、林地に適地樹種更新業務を計り植林撫育造林事業を開始

昭和21年9月

國六商店を國井林産(株)に改組・設立

昭和27年9月

國井林産(株)を國六(株)に商号変更

昭和29年8月

岡山県真庭郡に新庄事業所を開設

昭和41年2月

宅地開発事業部門を開設

昭和45年3月

宅地開発の第1弾、温泉付き分譲地「長島苑」の分譲開始

昭和49年3月

宅地および建売住宅分譲地「グリーンビレッジ滝呂台」の分譲開始

昭和53年7月

資本金を4,000万円に増資

昭和61年3月

マンション事業の第1弾「グリーンハイツリバーパーク泉」を分譲

平成8年12月

「多治見グリーンビュー東山“公園通り”」487区画の造成工事に着手(平成12年3月に造成工事竣工)

平成9年5月

江南市にプレカットセンターを新設

平成12年12月

本社住宅事業部門と江南プレカットセンター部門がISO9001認証取得

平成23年11月

自社山林の木材を使用したモデルを岐阜市茜部にオープン

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