日本木造住宅産業協会

(一社)日本木造住宅産業協会(略称/木住協)は、木造軸組工法住宅等の普及と健全な発展に寄与することを目的とした法人です。

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住まいの情報

林芙美子 邸 (株)根岸俊雄都市建築事務所 代表取締役 根岸 俊雄

西武新宿線の中井駅から7分位歩きますと、突然鬱蒼と木が茂った敷地が現れ、あたりの雰囲気が一変します。昔の広い宅地がそのまま残っているのですね。脇の坂の途中には竹林を背にして和風の門が見えます。さあ、目的の林芙美子邸です。現在は林芙美子記念館となっています。さあ、どんな住宅なのでしょうか、たいへん楽しみです。

林芙美子という人

写真-1:主家(新宿歴史博物館所蔵)放浪の末に作家

林芙美子という人は、「放浪記」や「浮雲」などで知られている小説家です。彼女は明治36年(1903)に福岡県門司市に生まれ、上京して様々な職業を転々としながら苦労しますが(「生活の放浪」)、小説家になるという志は曲げませんでした。そしてとうとう昭和3年(1928)に「放浪記」が好評を得、文壇への道が開かれたのでした。

落ち着くための住い

林芙美子が自宅の建設を思い立ったのは、パリから帰国(昭和7年、1932)の7年後、昭和14年(1939)でした。そして昭和16年(1941)年には完成した新居に移り住んでいます。ここに「住いの放浪」はとうとう終りを告げたのでした。

理想の家

写真-2:平面図(新宿歴史博物館所蔵)ライバルは吉屋信子邸

林芙美子が自邸の建設にあたってライバルとしたのは、吉屋信子邸でした。当時やはり人気作家であった吉屋信子の新しい住いは、吉田五十八設計の近代数寄屋造りとして、新宿区牛込に昭和11年(1936)に完成していました。

しかし林芙美子は吉屋信子邸を好ましく思いませんでした。「数奇屋は人間が住む家ではない、心が休まるのは民家だ」と彼女は言ったそうです。

林芙美子の理想の家

林芙美子には「家をつくるにあたって」という文章があります。それによりますと、彼女がまず「好ましい」と思ったのは、「東西南北風の吹き抜ける家」です。次に「主義」としては、「客間には金をかけない事と、茶の間や風呂と厠と台所には、十二分に金をかける事」です。そして「夢」見たのは、「生涯を住む家となれば、何よりも、愛らしい美しい家を造りたいと思った」ということでした。

建築家選び

イラスト:林芙美子の理想の家パリの恋人:白井晟一

林芙美子は白井晟一と滞欧時代に知り合い、そして恋に落ちました。後の建築の巨匠:白井晟一も、当時はハイデルベルク大学でヤスパースに学ぶ、哲学の徒でした。林芙美子が自邸の新築を思い立った昭和14年(1939)頃、白井晟一はまだ一人前の建築家とは言えず、彼女の家の設計者としては適任ではありませんでした。彼の建築家としての本格的な出発は、戦後の昭和26年(1951)の「秋ノ宮村役場」頃からです。

設計者:山口文象

林芙美子邸の設計者は、山口文象です。山口文象と林芙美子はほとんど同じ時期に欧州に滞在していますが、どうもそこでは二人はすれ違いだったようです。帰国してからの山口文象は、山口文象建築設計事務所を立ち上げ、多方面に活躍中の新進気鋭の建築家でした。当時の彼は、モダニズムの合理的な機能性と斬新なデザイン性を併せ持つ建物を、いくつも完成させていました。そして山口文象のすごいところは、その一方では和風建築にも秀でていたということです。彼は浅草の大工の倅で、チャキチャキの江戸っ子でした。地力に和風の趣があった建築家なのでした。そんなところが林芙美子邸の設計者に選ばれた所以でもあったのでしょう。

「愛らしく美しい家」の完成

写真-3:茶の間(新宿歴史博物館所蔵)、写真-4:書斎(新宿歴史博物館所蔵)美しい家

小雨の中で久し振りに見る林芙美子邸は、庭から見た主家の斜め外観がやはり一番の見所でした。切妻屋根の下に廻る下屋の寄棟がたいへん美しく、そして居心地良く感じられます。その中に入ってみたくなってしまうのです。

愛らしい家

6畳の小さな茶の間には、引き出し、釣戸棚、押入、神棚、床の間、掘ごたつなどが、こまごまと工夫されていてます。まさに「小さきものは、みなうつくし(可愛らしい)」です。この茶の間は、例えて言いますと、自然の中に沈められたガラスの覗き箱みたいです。そこに座って広縁越しに庭を見ていますと、なんだか生活がとてもいとおしくなってきます。玄関は、複雑な動線処理がまことに巧みです。人はそこでは演技者のように動かされ、気分楽しく振舞ってしまうことになるのです。

イラスト:林芙美子の理想の家しっかりした家

きちんとした納まりと安定ある寸法で造られた家です。ヤワでヌメヌメした収まりではなく、少し力を入れた張りのある納まりです。また、細くて薄いきゃしゃな寸法ではなく、少し太めで厚いしっかりとした寸法となっています。林芙美子邸の印象は、地味で、骨格が確かで、安心という感じです。民家風の素朴さがあっておおらかですが、京和風の細やかさもあってけっして野暮にはなっておりません。

晩年の幸せ

林芙美子邸は、まことに「愛らしく美しい家」になっていると思います。そのような家に優しい夫と亡くなるまで(昭和26年、1951)暮らせた林芙美子は、幸せであったのではないでしょうか。林芙美子は、執筆に疲れた時などは、アトリエ棟の次の間の濡れ縁に腰を掛け、中庭を見ながらコップ酒を飲んだということです。

林芙美子記念館(休館は月曜日)
東京都新宿区中井2-20-1 TEL 03-5996-9207
西武新宿線、都営地下鉄大江戸線『中井駅』より徒歩7分

※協会機関誌「木芽」2012年夏号(Vol.144)より転載

参考文献

「林芙美子記念館図録」新宿区教育委員会

「建築東京」平成21年1月号 東京建築士会

根岸俊雄

建築家 : 根岸俊雄(ねぎしとしお)

根岸俊雄都市建築事務所:代表取締役

平成12,13,20年度「彩の国さいたま景観賞」受賞

著作「住まいは十の箱づくりから」、「おばあちゃんちの楽しかった土間」

木住協 木造ハウジングコーディネーター研修講師

根岸俊雄ホームページはこちら

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